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神戸地方裁判所 昭和52年(わ)757号 判決 1980年1月31日

主文

被告人籾井良一、被告人後治をそれぞれ罰金一〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、当該被告人を労役場に留置する。

訴訟費用を二分し、その一ずつを被告人両名の各負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、共謀のうえ、昭和五一年九月七日ころ、全自運北神分会共同斗争委員会名義の一九七六年九月六日付「用地買収→閉鎖→解雇粉砕」と題するビラの中に「全自運関生支部のダラ幹=武建一の退職金横領糾弾」と記載した文書約七〇枚を、続いて同月一九日ころ、同年同月一七日付「用地買収→閉鎖→解雇粉砕」と題するビラの中に「全自運関生支部のダラ幹=武建一の退職金横領糾弾、関生支部のダラ幹武建一は北神コンの脱落した労働者の退職金を約一三〇〇万円横領して逃げ廻つている」旨記載した文書約六九枚を別紙一覧表記載のとおり全国自動車運輸労働組合関西地区生コン支部の各分会に持参または郵送の方法で配布して、公然事実を摘示して全自運関生支部書記長武建一の名誉を毀損したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人らの主張に対する判断)

弁護人は、本件被告人両名の所為は、(一)労働組合法一条二項に該当する、(二)公共の利害に関する事実に係り、其目的専ら公益を図るに出てたるものであり、各ビラの内容はいずれも真実であることが証明されたから刑法二三〇条の二により処罰されないものであり、(三)たとえ右証明が十分ではないとしても、各ビラ記載の事項を真実と信ずべき相当の理由が存在し、故意を阻却し、無罪である旨主張するので、以下、これらの点につき判断する。

(中略)

一  被告人両名は、兵庫県三田市西野上字西山八二九番地所在の北神コンクリート株式会社(代表取締役梅田治夫、以下会社という)に生コンクリートミキサー車(以下ミキサー車という)の運転手として働き、全国自動車運輸労働組合関西地区生コン支部(組合員約九〇〇名、書記長武建一、以下支部という)に加盟し、同支部北神コンクリート分会(以下分会という)に属していた。

右会社は、昭和五〇年九月、松田達を常務取締役に任じて組合対策に当らせ、暴力団の組員などを用いて分会員を威圧して分会の組合活動を封じようとするとともに、一方では、かねてから会社の工場敷地が兵庫県の北摂ニユータウン建設計画区域内にあつて移転を迫られる可能性が強かつたところから、ひそかに他への工場移転計画をたて、昭和五一年一月下旬、分会に対しては国税庁の資産調査と偽つて日本住宅公団三田出張所による工場敷地等の調査を受けるとともに、新工場で稼働させるべき従業員をひそかに選別するなどして移転計画を進捗させていた。

二  こうした状況下において、分会は、昭和五一年春闘に入り、同年三月二五日、会社が同月分の賃金の一部の支払をしなかつたため、支部の支援のもとに同年四月一日午前八時から指名ストライキに入つたが、同日午前一〇時ころ、武書記長から話合による解決が望ましいとの理由による中止指令を受けストライキを中止した。

ところが、会社は、同日、前記移転計画をすゝめるため、工場再開が不可能の情況でないのに、右ストライキを契機に、工場閉鎖を決定した。

右工場閉鎖の決定に対し、支部及び分会は、右は組合をつぶすことを目的とする偽装閉鎖であるものと考え、主として武書記長の指導のもとに会社及びその親会社等に対し工場閉鎖反対闘争を行なつていた。

同月二三日、分会で今後の闘争方針を検討した結果、武書記長の、工場再開闘争は必ず勝利できるがそのためには長期間を要するから金銭で解決する方法もある旨の示唆を受けて、あくまで工場再開をめざして闘争を継続しようとする者(以下闘争派という)もいたが、金銭を貰つて退職しようという者(以下退職派という)が多数を占めたので、闘争派にとつては今後の闘争資金の意味で、また退職派にとつては退職金の意味で一人当り三〇〇万、合計三、六〇〇万円を要求すること及び今後も右金員の獲得と工場再開を目標に会社やその取引先への闘争を続けることを決めた。

三  そして、同月二六日、支部が作成した右要求の原案には、要求書であるのにかかわらず、すでに会社と分会との間で協定が成立したような体裁となつており、かつ、分会員が全員退職するわけでもないのに、退職金として三、六〇〇万円を支払う旨の退職金条項が記載されていたため、分会員から疑義が出されたのに対し、武書記長は、右各文言は闘争派退職派の折衷案であり、退職を認める趣旨ではない旨釈明し、分会員は、釈然としなかつたものの、その場はそれ以上問題となることはなかつた。そして、分会ではさらに検討した結果、同月二七日、会社に対し、分会員一二名の賃金及び退職金、争議解決金を含めて合計四、〇〇〇万円の要求を提出した。

その後は、支部においても、退職派を含む全員で団結して闘争する旨の方針のもとに抗議行動を行なうなどしていたが、五月一〇日ころ、支部は、分会に図ることなく、会社に対し、工場再開不可能と組合が判断した場合にはコンクリート製造設備等の撤去に同意する旨の同日付同意書を提出した。

同月一七日及び同月二一日に行なわれた会社側との団体交渉において、支部及び分会の闘争派は、会社に対し工場再開を強く要求したが、会社はその不可能である旨主張して譲らず、交渉はまとまらなかつたが、このころになると、分会では、闘争派と退職派はそれぞれ六名ずつとなり、闘争派の意見が強硬であつたので、被告人両名を含む闘争派六名及び支部とが会社と再度話し合いを継続することになつた。

翌五月二二日、右闘争派中被告人両名ら五人と会社側の前記松田らとが、武書記長も加わつて交渉を行ない、会社側は工場再開が不可能である旨繰り返すだけであり、交渉が決裂しかけたところ、武書記長及び右松田が交渉の場を離れて話し合い、ついで被告人籾井をも含めて話し合つた結果、右松田が工場をつぶさない旨確言したため、交渉を継続した結果、分会事務所に待機していた退職派の了解を得たうえ、(一)会社は、分会員一二名の賃金及び争議解決金を含めて三、五〇〇万円を、同年六月一〇日限り半額、同月三〇日限り残額を支払う。(二)会社は、工場再開に努力し、工場を再開できたときは分会員を無条件で雇用する。(三)会社は、分会側に対し工場の土地及び諸施設の利用を認め、工場再開が不可能になつたときは、分会側はこれらの利用を放棄する、等四項目の協定が締結された。その際、会社から、右の金策に必要だからという理由で全自運関西地区生コン支部と記名押印された紙片に分会の署名押印を求められたので、分会長である被告人後は、これに一応「全自運関西生コン支部北神分会」と記載したものの不審を抱き、分会長名及び押印をしないまま右紙片を会社側に渡した。右紙片は、その後、分会の知らぬ間に、会社設備等の撤去に無条件で同意する旨の内容が記入され、同月二四日ころ、会社から前記住宅公団に交付された。なお、被告人籾井は、右協定には賛成したものの、武書記長に対し、右協定の項目の一部でも履行されないときは、協定全部を解除すべきである旨強く申入れておいた。

四  同年六月九日、会社は支部に対し、前記協定に基づく一回目の金員の支払猶予を求めたため、同月一二日、分会員は、武書記長を交えて協議し、被告人籾井は協定の解除を強く主張したが、武書記長の説得により、結局同月三〇日の最終期限まで待つことにし、それまでは闘争派、退職派、共に団結して闘うことになり、なお受領すべき右金員の分配については、一応の目安として、支部に五〇〇万円を取得させ、残額三、〇〇〇万円を分会員全員で均分し、端数は、闘争派の闘争資金にするということで、将来再度話合つてきめることとした。

その後、被告人籾井は、武書記長のこれまでの指導に強い不満を抱き、支部の指導方針を、階級的自覚のない分会員が多いことに乗じ労働者の権利を無視して会社と和解した反動的裏切行為であると強く批難する態度を表明するに至つた。そこで、支部は、分会の今後の闘争方針を確認する必要が生じたところから同月二六日、支部の役員と分会員との間で話合がなされた結果、分会内では闘争派と退職派の意見の対立が一層深刻化しているが、前記協定に基づく支払の履行期の同月三〇日までは両者一致団結して闘争を続け、もし同日になつても会社が協定を履行しないときは、あらためて分会の態度を決定することとした。その際、被告人籾井は、数日前に、会社がすでに工場敷地の借地権、占有権を住宅公団に譲渡していることを同公団で確認したこと及び会社が分会事務所の電気、水道の供給を停止し、かつ前記松田らが同月末に協定に基づく金員を支払えば工場を壊す旨明言していることなど会社にはすでに協定の不履行の事実があるからこの際協定を解除すべきである旨強く主張したのに対し、武書記長は、工場敷地の賃借権、占有権を住宅公団に譲渡しているか否かは、会社に聞いてみなければ判らないなどと答えるにとどめ、同被告人のいう右協定違反の諸事実について、積極的に対策を講じようとする態度を示さなかつた。

同月三〇日、前記松田は、前記梅田から協定に基づく支払金として現金三、五〇〇万円を受けとつたが、そのうち一、〇〇〇万円を他へ流用し、武書記長に対しては、(一)金三、五〇〇万円のうち一、〇〇〇万円は手形で渡す、(二)分会員らが四月一日以降働いていないにも拘らず賃金として支払われている分二五〇万円を差し引き、現金は二、二五〇万円を支払う、(三)当時分会員が管理していたミキサー車の車検証、キー等の返還と交換でなければ右金員を支払わない、など申入れた。

そこで分会では、翌七月一日午前中、武書記長を交えて分会員全員で協議したが、被告人籾井は、右申入れは協定に違反するものであるから反対する旨主張し、他の分会員にもこれに同調する者もあつたが、武書記長の右申入れは協定違反とは考えないから会社側とよく話合つてみるようという提案のもとに、同日午後、武書記長立会いの下に分会員と前記松田との間で交渉が行なわれ、右交渉において、一部には会社の右申入れを認めようとする者もあつたものの、被告人両名らは、右三項目、特に右第(三)項目を認めることは、工場再開要求を放棄することになるとの危惧からこれを認めない旨主張するとともに、被告人籾井は協定の解除を主張し紛糾したが、右松田は、分会員に対し、支部ことに武書記長とは話合を続けるつもりであるが分会員とはこれ以上話合を続ける意思はない。また右協定の金員も支部には支払うが分会へ支払うものとは考えていないし、分会員中一人でも右申入れに反対する者があれば支払をしないなどと暴言をはき、被告人籾井らに対し脅迫的言辞をも弄するありさまであり、右申入れの諾否の結論が出ることなく終つた。同日夜、さらに武書記長と分会員の間で協議を続けたが、闘争派と退職派で意見がわかれ、武書記長も今回の工場閉鎖は構造不況に由来する側面もあり被告人籾井のような方針では闘争に勝利できないなどと同被告人を強く批難するようなこともあつて当夜は結論が出なかつた。

五  そうこうするうち、被告人両名を除くその余の分会員は、武書記長の説得により、会社の右申入れを受けいれることを了承するに至つた。ところが、会社が一人でも反対者がいれば、前記協定に基づく金員を支払わないと主張して譲らないので、武書記長と被告人籾井の間で何度か話し合いが行なわれたが、その頃には、会社は工場設備や分会事務所内の備品等の一部を工場外に持ち出すなどし、協定を履行しない態度を示していたこともあつて、被告人籾井は以前にもまして強く協定の解除を主張し続け、支部・分会の会合にも出席しないという態度を採つていた。

そこで、支部は、同月一四日、被告人籾井を分会の団結をみだし分派活動をしていることなどの理由で除名したうえ、翌一五日、武書記長及び残りの分会員全員と前記松田との間で、国鉄神戸駅構内の食堂において、分会は会社の右申入れを受けいれ、会社は同月一七日に協定に基づく金員として、分会員に対する四月分の過払賃金一六〇万円を相殺した残金二、三四〇万円と金額一、〇〇〇万円の約束手形を支払う旨合意がなされた。被告人後は右会合に遅参し、特に意見を述べることなく終つたものの、その後、右金員を受取れば結局は退職することを認めたことになつてしまうものと考え、同月一七日、一緒に右金員の受領及び分配等の処分をするために迎えに来た他の分会員に対し、同人らに同行することを断り、右金員を受取らないよう武書記長に告げてほしい旨依頼し、同被告人は右金員の受領及びその分配の席には参加しなかつた。同日、会社から、現金二、三四〇万円と約束手形二通(金額各五〇〇万円)が被告人両名を除く分会員全員参集している席上で、武書記長の指示を受けてきた支部役員に渡され、直ちにその場で支部役員及び右分会員全員の間で分配の協議を行ない、右手形は、支部において保管することとして支部役員の手許におかれたほか、支部に対しては五〇〇万円を取得させることとし、その半分の二五〇万円を右現金の中から支部に配分し、また、被告人後に分配すべき約二三〇万円を支部において保管することとし、残額を被告人両名を除く右分会員一〇名で均分し、なお当時分会が支部から借りていた約二五〇万円をも分会員で均分して負担し、各自これを右分配金から支出して支部に返済する等して会社から受領した右手形及び現金を処分した。

六  その後、被告人後は、自己が反対したのにもかかわらず支部が前記のとおり同被告人への分配金を含む金員を会社主張のとおりの方法で受取つていることを知り、同月二〇日ころ、支部において、武書記長らに抗議したところ、同人らから、同被告人の取得すべき分として支部が保管していた現金入の封筒を示され、被告人両名が保管していたミキサー車の車検証、キー等を会社へ返環するのでなければ右金員を渡さない旨告げられたが、その返還を肯んぜず右分配金を受けとらなかつた。

この前後を通じ、被告人両名は、闘争派の他の分会員等から前記金員受渡し処分状況を聞きとるなどしていたが、同年八月四日頃には被告人後も支部から除名され、さらに同月九日頃、会社が工場そのものの一部を壊し始めたにも拘らず支部ではそれに対して何らの抗議もしなかつたため、被告人両名は、神戸地方裁判所伊丹支部に対し、地位保全、賃金仮払、工場撤去禁止の仮処分申請をなし、さらに同月二〇日ころ、前記住宅公団が、会社から交付を受けた前記同意書の同意の真否につき退職派から確認しようとしたことを聞き知るに及び、支部ことに武書記長が会社と癒着して分会員の退職を認め、会社から受領した金員から分会の同意もなく勝手に解決金と称して五〇〇万円を取り、被告人籾井の分配金を受取りながらその金の行方も不明であるなど不明瞭な金員が多く、武書記長には強い背信行為があるものと考えるに至つた。そして、被告人両名は、同月三一日、前記梅田から、現金三、五〇〇万円を前記松田を通じて武書記長に支払いずみである旨聞くに及び、ここに武書記長には協定に基づく金員の受領及びその処分につき不当な所為があり、ことに一、〇〇〇万円は分会の同意がないのに勝手に約束手形で受領したと称してこれを分会に渡さず、一六〇万円を分会の同意がないのに勝手に会社に差引かせ、二三〇万円を被告人後に分配すべき金であると称して分会の同意がないのに差引き、後日同被告人がその交付を求めてもこれを拒否し、被告人籾井の取得すべき分三〇〇万円を同被告人が反対しているのに会社から受領し、かつこれを分会へ渡すことなく取得してしまうなど不正の所為があることが明白であると考えるに至つた。かくして、被告人両名は、支部所属の各組合員に武書記長の右不正の所為を明らかにしてこれを糾弾して支部の態勢を正常化し、これ迄の会社側の労働者に対する不当な所為を指摘して工場再開闘争に組合員を糾合し、その支援を強化する目的をもつて判示九月六日付のビラを作成し、判示の標題のもとに、会社は前記短時間のストライキを口実にして偽装閉鎖を強行し労働者を不当に解雇して住宅公団から補償を受けて多大な利益をあげた旨の、会社を弾劾し三田市内の労働者及び市民に訴える旨及びその末尾に判示の文言を記載し、さらに、判示九月一七日付ビラを作成し判示の標題のもとに、ほぼ右同旨の内容及び判示の文言を記載し判示のとおりそれぞれ配布した。

以上の事実関係により、弁護人の主張について考える。

一  被告人らの所為は、刑法二三〇条の二、一項に該当する事由があり、ないし、各摘示した事実が真実であると信じたことに相当な理由があるという主張について。

被告人らが本件で指摘した事実は、要するに、昭和五一年五月二二日の会社との協定により分会が取得した三、五〇〇万円の債権の履行及び受領した金員等の処分をめぐり武書記長に不正の所為があつたという事実に関するものであり、被告人らの行為の動機、目的、行為の態様からみると、その行為が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図るに出たものと認めるのが相当である。

そして、右協定は、支部を代表する武書記長の指導のもとに被告人両名も賛同して会社と分会との間で有効に成立したものであり、この協定により分会は会社に対し、賃金、争議解決金、退職金等として合計三、五〇〇万円を六月一日と六月三〇日の二回に分けて支払を受けるべき債権を取得したわけであるから、会社に債務不履行があつた場合にどの様に対処するか、会社が履行した場合に取得した金員をどの様に処分するかは分会員全員の協議により決定すべきものである。特定の分会員を除外してこれを決定すべきものでないのはもとより、いやしくも分会において正当な手続のもとに決定した以上、これを異として服さないでこれを批難するというようなことは許されないところである。

かように考えると、まず、会社の、六月三〇日に金額一、〇〇〇万円の約束手形と現金は四月分の過払賃金一六〇万円を控除した二、三四〇万円を提供する旨の申入れを、分会として受け入れることは、七月一五日に、分会員全員の協議により決定したものであることは明らかである。なるほど、被告人後は遅参したとはいえ右協議に参加したのであるから、同被告人以外の分会員が賛同して決定したものである以上、同被告人は右決定に異をとなえて服しないというようなことは許されない。被告人籾井は右決定に参加していないが、同被告人はその前日すでに除名され組合員たる資格を失つていたのであるから、右決定に参加することはできないのであり、同被告人が参加していないからといつて右決定の効力が左右されるものではない。もつとも、同被告人は、同被告人の取得すべき分をも含めて金員等の受領には強く反対していたのであるが、右金員等には同被告人の取得すべき分が含まれているとはいえその額は未定であつたのであるから、他の分会員の取得すべき分とあわせて一体のものとして分会が受領したことはやむを得ないところである。してみると、分会が金額一、〇〇〇万円の約束手形と四月分の過払賃金一六〇万円を控除した現金二、三四〇万円を受領することに決し、七月一七日にこれを受領した点及びこれに参画した武書記長の所為にはなんら不当な点は認められない。

つぎに、受領した右金員等を七月一七日に処分した状況については、被告人後は、処分の決定には参加していないけれども決定に到るいきさつからみて、七月一七日に会社から金員等を受領すれば直ちにその場で配分等の処分がなされることを承知していながらあえてこれに参加しなかつたものと認められるから、同被告人は右処分の決定に服すべきものであり、これに異をとなえることは許されない。もつとも、同被告人に配分すべき分として支部が保管した二三〇万円は、後日、同被告人が武書記長にその交付を求めたがこれを拒否されているのであるが、同被告人は、協定に基づく金員の支払はミキサー車のキー及び自動車検査証等と引換えでなければならないという会社の申入れを受け入れておきながら被告人籾井と一緒になつてその会社への返還を拒否していたのであるから、右二三〇万円の交付が拒絶されてもやむを得ないものと解され、武書記長らがその交付を拒否したことを不当ということはできない。

しかしながら、被告人籾井については、同被告人は除名されたとはいえすでに協定により分会に帰属した金銭債権の履行として分会が受領した金員等に対する権利を喪失するものではないから、その分配等の処分について同被告人もこれに参加できるのであり、たとえ、同被告人が処分に参加しなかつたとしても、同被告人に帰属すべき金員等は同被告人のため保留し保管されて然るべきものである。しかるに、会社から分会が受領した現金二、三四〇万円は、被告人籾井の参加のないまま、支部へ二五〇万円を取得させ被告人後の分として二三〇万円を留保したほかは分会員の間でほぼ平等の割合で処分してしまつたのであるから、被告人後以外の分会員は権限なくして被告人籾井の取得すべきものと考えられる一二分の一である現金約二〇八万円を不当に処分してしまつたものであり、右処分行為は、一般社会でいう横領であると評されてもやむを得ないものと解される。そして、右の処分は、処分に至る経緯及び支部役員が武書記長の指示のもとに行なつたものであることからみると、武書記長もこれに関与したものと認められるから、被告人両名を除く分会員と共に武書記長も右所為に出たものと解するのが相当である。なお、金額一、〇〇〇万円の約束手形は、代物弁済として交付されたものではないから、これを支部が保管したとしても被告人籾井の権利に消長を来たすものではないから、右約束手形を支部が保管した点については同被告人の取得分について横領があつたものということはできない。

してみると、被告人籾井の取得すべき約二〇八万円以外については、武書記長が横領に関与したものとして批難されるべき事実は認められないところである。もつとも、武書記長は、被告人両名とは闘争方針についての意見を異にしていた面があつたからとはいえ、会社に対する要求書作成の段階であるのにすでに協定が成立したかの如き旨の文言の要求書を作成したり、分会には無断で工場施設の撤去に同意する旨の同意書を会社に提出したりするなど当初から工場再開闘争の貫徹よりはむしろ退職を前提とする金銭の授受で争議の結末をつける方針で分会を指導しようとしたものとみられてもやむを得ないふしがあり、また、五月二二日の協定成立に際しての武書記長と松田との言動や、その後、被告人籾井から会社には数々の協定違反の事実があると指摘されてもこれを調査して会社に対し抗議したり協定の履行を強く求めようとはせず、かえつて、会社が協定に基づき支払うべき金員のうち一部を約束手形で交付しようとするのを協定違反とはならないなどと発言したりして分会にこれを受諾させるよう指導し、協定の完全履行を強く主張する被告人籾井の除名に積極的であつたことなど被告人らの疑惑を招く事情があつた一方、被告人らは、会社代表者梅田から協定に基づく金員は全額松田を通じて武書記長に支払つてある旨聞知したこと等の諸情況からみると、被告人らが、被告人籾井の前記取得分以外の金員等についても武書記長に不正の所為があつたのではないかと考えるに至つたのも一面無理からぬ点もないわけではない。しかしながら、被告人後は、七月一七日に協定に基づく現金及び手形の授受の直前ころ迄の状況を知悉していたわけであり、同日に行なわれた右現金等の処分状況については被告人らが他の分会員に聞くことにより容易に知り得たものと認められるのであり、かような調査を尽さないで武書記長が横領したものと信じたとしても、そのように信じたことにつき相当な理由があつたものということはできない。

かようなわけで、結局、被告人籾井の取得すべき金員約二〇八万円については、その事実の証明があつたものと認められるが、その余の金員並びに約束手形についてはその真実の証明が無く、また、真実であるものと信じたことにつき相当な事由があつたものとは認められない。したがつて、被告人らの本件所為は、全体として違法性を有し、かつ故意が阻却されないものと解するのが相当である。

二  労働組合法一条二項の適用があるという主張について。

被告人らの本件所為は、支部所属の組合員に対して武書記長の非違を訴え、支部の態勢を正常化させ、あわせて被告人らの会社に対する工場再開闘争の支援を求める目的に出たもので、その目的は正当なものと認められるが、そのために、武書記長が金員を横領したというが如き犯罪ないしこれに近い強度の違法性を帯びる虚偽の事実を公然摘示するが如きことは、相当なものとして認容できないところであり、被告人らの本件所為が正当な組合活動ないし正当行為であるものということはできない。

(法令の適用)

被告人両名の判示各所為は、いずれも、包括して刑法六〇条、二三〇条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中、各被告人につき、それぞれ罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人両名をそれぞれ罰金一〇万円に処し、被告人らにおいて右の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により各被告人につき金二、〇〇〇円をそれぞれ一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

よつて、主文のとおり判決する。

別紙(略)

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